2010/07/04

サッカー備忘録

先日のサッカー日本代表の試合に感動し泣いた。

次の日、ニュースを見てまた泣いた。



今年は平成21年、そして西暦2010年、自分は32歳。

ちょうど20年という単位が思い浮かぶ。

ちょうど20年前、僕は小学6年生。

今は亡き、小渕さんが「平成」と書かれた垂れ幕で平成が幕開け

そのころスラムダンクが盛り上がっていて

受験をして進学した中学校でバスケ部を検討。

けど何故か柄でないと思い諦める

珍しく野球部が無く、テニス部に体験入部。

が、運動音痴で大人しい人が多く、もっとアグレッシブな仲間が居る部活を探す。


そして5月にサッカー部に入部した。

何が決め手だったのか良く覚えていない。

はじめは体育用の運動着に普通の運動靴で部活に参加する

周りを見ると経験者(小学校からクラブチームなどに参加)がちらほら

上手い奴が多くて、試合に出られるか不安にもなり

入る部活を間違えたかなとも思った

それと初めての上下関係、なかなか馴染めなかった


今はイタリアセリエAもプレミアリーグもリーガエスパニョーラも身近だ

あの頃、サッカー用品と言えば新宿のB&Dだったか。。。

ブルーに白地のショップロゴのサッカーショップで

色々みていて楽しかった。

雑誌は「サッカーマガジン」と「サッカーダイジェスト」

この雑誌に世界のサッカー選手が紹介されていた。

マラドーナのナポリや、ロベルトバッジオのユベントス、オランダトリオのACミラン

フィオレンティーナのバティストゥータ、ラツィオのガスコインなどなど

不良じみた選手が多かった。

すでに組織プレーが幕開けしている中で彼らの個性は

僕の物差しでは到底推測することは不能で

ちょうど幕末の武士が、海の向こうの異国文化に

漠然とした捉え用のない不安を抱いていた感じにに似ているのでないかと

昨今の幕末ブームに心情移入してみる。


彼ら怪物の情報はサッカー雑誌でも得られたが

当時、渋谷宮益坂に在ったワールドスポーツプラザの店内で

流されていたビデオが衝撃だった。

映像で見るプレーは想像を絶するものだった

もの凄く早くて、トリッキーで、派手。

ゴールシーンだけを編集した映像はストレス発散になった

興奮して恥ずかしくも中学生時分は想像上では近い将来

自分のこうしたプレーが可能な数少ない才能の持ち主であると

密かに思っていた。



ワールドスポーツプラザは海外のサッカーグッズを取り扱うショップだったが

今で言うKAMOやオッシュマンズのような爽やかなイメージは無く

店内は雑然としていてオタクが集る都会のカオスの様だった。

売られている海外のクラブチームのユニフォームも

サイズが大きかったり、素材がまちまちだったり

まがい物も混じっているような感じがした

その上、輸入品なので何でも高かった


数年間、通い詰めて買ったものと言えば

サッカーカード、アトランタのクラブユニフォーム風Tシャツ(セリエAの弱小チーム)、ミサンガ

位だった。

海外の強豪クラブチームのユニフォームを着てファッショナブルに行きたかったが、

それらの商品が高くて手が出ない以上に、

中高一貫教育で高校の先輩も居る中で

年下の僕がそういったモノを身につけるのは適切でない

というか怖くて、生意気だと思われるので

着れる雰囲気が全くといっていいほど無かった。

決まって低学年やレギュラー組以外は白地のTシャツに

油性ペンで名前を大きく書かされたモノを着ていた。


シューズはアディダス、アシックス、プーマ、ミズノが支流

ただ皆と同じが嫌でヤスダを履いていた。

本当はディアドラが履きたかったけど、これも上からドヤされると

おもって手が出なかった。

ディアドラはイタリアのファンタジスタ、バッジオや

オランダのマルコファンバステンが履いていた

イタリアのメーカーのもので

靴の側面に入るブランドエンブレムが白がほとんどの時代に

蛍光イエローやオレンジを使用していて斬新極まりない上に

あまり履いている人が居なかったのも良かった。


いつの間にか利き足が左になり、オフサイドも覚え

サッカーにも親しんで来た頃にJリーグが開幕した

ちょうど中学2年生の頃だったか。。。

カズにラモスにジーコ、サッカー人気がすこしずつ上がった

何故かはじめから浦和レッズのファンになった

赤が好きだったからか、何故かよく覚えていない


はじめはグランパスやサンフレッチェとビリ争いをしていて

けっして強いチームでなかった

しばらくすると元ドイツ代表のブッフバルトが移籍してきて

チームを牽引。チームが少しずつ強くなる。

強豪チームは早くから外国勢の力を頼りに頑張っていたのに対し

レッズにもようやく鉄砲伝来といった感じだった。

ブッフバルトが代表だった頃のドイツチームは凄まじく強くクール。

以降ドイツファンで来ている。

ユルゲン・クリンスマン

ピエール・リトバルスキー

何と言っても皇帝ローター・マテウス

時代の寵児マラドーナをゲルマン魂で粉砕し

ドイツに歓喜の優勝をもたらした立役者である。

実は中学生一年生の頃にドイツに出張にいった

親父にお土産でドイツ代表のユニフォームを買ってもらっていたのだが

これを着れるようになったのは高校生になってからで

着れたのはいいが少々デザインが古くさくなっていた。


何がいいたいのか

中学に入って同世代の川口能活、城彰二、中村俊輔、小野伸二と

いった化け物がいるという噂は山を越えて耳に入ってきた。

僕にとっては海の向こうは国見だ鹿実だ清商だ、だった

僕の世界は日本止まり。世界を意識するなんて想像出来なかった。


今の小中生はイタリアだスペインだイングランドだ!

てな感じなんではないかと思う。

先日の日本選手の力強い姿を見て、世界をより身近に感じられるようになり

これから先の20年が見えた。

大きな壁を打ち破ってくれた日本代表に心から感謝です。

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